北京オリンピックと田舎のはなし

B!

2月4日

全く興味が無いのだが、今日は北京オリンピック開催日だそうな。

私の記憶で印象が残っているのはロサンゼルスオリンピックのみで、演出をはじめ全てに圧倒するものがあった。他のオリンピックは記憶に無いが、昨年東京で行われたオリンピックは売れないお笑い芸人のスベリ芸のようで痛々しく悪い意味で印象深い。

 

今日は田舎の話。

 

私は所謂、田舎出身だ。

私と同年代の団塊ジュニア世代は、高校、大学時代を携帯電話やインターネットが存在しない世界を生きていた。したがって、都会と田舎ではとてつもなく大きな情報格差があった。現在の状況からは考えられないレベルで。

当然ながら、我々の親も都会を知る者はいなかった。優しさからであろう、都会を目指す若者に危険なところだと諭し、引き留めるムーブが後を絶たなかった。我々の親世代は二次大戦後まもなく生まれている場合が多く、大学を卒業している人は希である。自然と知見は狭く、結果として、育てれらる我々子供への教育にも限界があった。

 

ハナ金データランドで紹介される原宿の店や、東京ラブストーリーに出てくるイケてるサラリーマン像、あすなろ白書のような青春の謳歌など、田舎者から見るとまるで異次元の世界だった。

テレビから流れる都会の華やかな情報に憧れはあるものの、それを正直に口にするのは憚られる。そんな雰囲気があった。端的にいうと、家を出ていく子というのは良い印象がないのだった。

 

私は大学に進学することになった。

東京ではなかったが、それまで住んでいた田舎に比べると随分と都会だった。我々世代は人数が多かったため、どんなに偏差値が低い大学であっても5倍くらいの競争率があった。受験戦略として皆が多くの大学を併願受験したため、各大学には日本各地から生徒が集まることになった。

 

日本各地から持ち寄られた情報は田舎出身者にとっては新鮮かつ刺激的だった。

 

入学当初、4回生たちは、企業からの青田刈りが行われていて、在学中に生徒に数百万という金をばら撒き、その会社に入社すれば返済不要という今では考えられないような好待遇が用意されていた。しかも、ソニー、松下電工、NECといった日本の一流企業が求人を出してきている。そんな光景を目の当たりにし、田舎の高校時代に異次元の世界だと思っていた、月9ドラマの世界がリアリティを帯び始めた。超高層ビルに勤務する未来像への憧れも芽生えていた。

大学入学が人生のゴールであり、頑強なレールに乗った、明るく視界が開けたそんな心持ちだった。

 

そんな色鮮やかな景色は1年で幻となった。バブル崩壊。

バブル崩壊後、日本の景気は急速に後退した。私が就職活動をする頃には酷い有様で就職が決まらない者も珍しくなかった。幸運にも私自身は興味のある業界へ就職できたわけだが、入学当初に抱いていたイメージとは随分と違ったものになった。

 

社会人26年生となった私は、東京の超高層ビルに勤務している。

 

思考は現実化するというが、あながち間違ってはいないのかもしれない。振り返れば、恐ろしく細い縁とタイミングで私は今ここにいる。

東京に身をおいて7年、次のビジョンを探す時が来たという想いが日増しに強くなっている。

皮肉なことに、今は田舎で自分のペースで仕事ができるビジョンに心地よさを感じている。

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