
ズルが不可能になる社会が近い
7月13日
選挙が終わり、次の内閣へ視点が変わるかと思いきや、話題は銃殺された安部元首相とその犯人のバックボーンばかりがニースを飾っている。今の注目はどうやら統一教会という宗教らしい。当然私も聞いたことはあるが、身近に信者も居ないので知識と言えばメディアに流れているレベル止まりだ。宗教の選択は人それぞれの自由だし、何かを心から信じる事ができるという事は幸せなことだと思う。
私見では、今回の銃撃事件と統一教会との因果関係はニュースが示唆するほど濃密なものではないと感じている。「この犯人が一般的ではない思想を持っている」という情報を視聴者に植え付けようとしているのではないかと邪推してしまう。どこにでも居る普通の人間が国家元首を銃殺したという情報が広く知れ渡ったら、海外へのメッセージとしても良くないし、事件を模倣される可能性が高まるからだ。
この宗教を庇うわけではないが、おそらくダシにされたきらいがある。
今後数年で起こる日本の変化として、情報や価値観の歪みによって利益を得てきたようなビジネスが吊し上げにされ一気に衰退する可能性を強く感じている。
例えば「参政党」の情報発信にあった、食品問題であったり、コロナの情報操作であったりだ。これまでとは違い、入手した情報を疑って観るという文化が形成されつつあるのを感じるからだ。
はじめは皆が騒ぐ対象にしか疑いの目が向かないが、直に各個人が判断するものすべてにおいて一旦距離をとって観るようになるはずだ。そうなってくると、最初に打撃を受けるのが本来の価値を歪めて高い収益を得ているビジネスになるだろう。
極限まで突き詰めると、本当に正しい価値のあるものだけが残ることになる。
価値は人によって異なるものも多分にあり、個人が自分の価値観に従って対価を払い経済が回るようになれば、流行り廃りの無いアメリカのような文化に移行していくのではないかと思う。どう考えてもこの形の方が正しいと思うのだ。







