
方舟 夕木春央著
「方舟」を読了した。
本作を手に取ったのは、最近のSNSで大きな反響を目にしていたからだ。
夕木春央氏の作品を読むのは初めてではあるけれど、SNSでの反響と帯文を見る限り、読んで損をすることはないだろうと思った。
「方舟」という表題と「救われるのは誰だ?」という帯文から「ノアの箱舟」の物語になぞらえたものを想像していが、読了して持つ印象は全く違うものだった。簡単に言ってしまうと、脱出ゲームとトロッコ問題を足したような構成だった。
所感
読了本をランキングする事は非常に難しいことではあるけれど、この作品「方舟」がトップ争いに食い込んでくることは確定しそうだ。
小説だから可能な驚きを与える作品は読了本の中でも幾つか思い当たるものがある。「イニシエーションラブ」「葉桜の季節に君を想うということ」「ひまわりの咲かない夏」等々だ。しかし、この「方舟」は映像化しても原作と同等の驚きを提供できるのではないかと思う。
それくらいフェアな情報提示がされているし、納得度が高い物語に仕上がっている。そのうえ、驚きの与え方と伏線の回収もお見事だ。
登場人物の心情描写が直接的ではなく、その人物のしぐさや行動によって描かれることが多い。この手法が読み手に深く同調している気がする。直接的な表現で楽しいとか悲しいとか表現されるよりも読み手の経験値を利用するように作用していて強い没入感を獲得しているのではないかと思う。すごい才能だとしか言いようがない。
あらすじ
もともと同じ大学のサークルに所属していたメンバー7人と道に迷った3人家族が山の上にある地下建築に入る事になる。
地下建築は、ある宗教団体の隠れ家のように使われていた経緯があり、生活に必要な電気や数日分の食料が存在していた。
地震が起こり、入り口が塞がれて外に出れなくなってしまう。地震の影響で地下からは水が入ってくる。登場人物たちの生活拠点が水で満たされるまでのタイムリミットは1週間と予想された。
脱出方法を模索する中で見出した唯一の方法は、少なくとも1人の犠牲を伴うものだった。問題を先送りしながら生活する中で日に日に水位が上がってくる。そんな最中に連続殺人事件が起こってしまう。
全員の命が平等に危機にさらされている状況下で殺人事件が起こる理由を見出せなかったが、次第にメンバーたちは殺人事件の犯人を犠牲者として差し出すべきだという考えに思い至った。
感想
山の上にある地下建設で作られたクローズドサークルで、下からは水が浸水してくるというタイムリミットも存在している。そんな中で起こる連続殺人事件。これだけであれば「蒼海館の殺人」に近しいイメージをもつが、本作にはあと一点面白いところがある。一人を犠牲にすれば残りが助かり、犠牲を払わなければ全員が助からないという「トロッコ問題」に近しい問いかけが本筋として存在している。
連続殺人は犠牲を出さなければならない視点からは矛盾した出来事となり、その理由は最初の殺人事件が起こった時点から謎のまま終盤を迎える。読み手の多くが消化不良のままエンディングが近づいてくる。そしてエピローグで納得のいく理由が判明するが、その時のインパクトが強い。
極限状態に陥った人間の思考表現が自然に感じられたし、おそらくそうなるのだろうと共感する点も多かった。それが強い没入感を生み、エピローグのインパクトに繋がっているのだと思う。文章の長さ、インパクトの強さ、思想のバランスが絶妙なのだと思う。
かなりイイと思う。
ちなみに、私のトロッコ問題については「レバーに手を触れない」を回答としている。







