Memories
確信の1歩手前で思考停止する悪癖

1月29日

私だけの悪い癖なのだろうか。明らかにしたいことがあったとき、探究の過程でほぼ間違いないであろう答えが見えてきた瞬間に急に興味が消え去り同時に考えることを辞めてしまうことが多々あるのだ。

 

私はこの癖の影響で得られるはずの多くのものを逃してきたという認識がある。

私は人一倍好奇心があると自負しており、興味が湧くものについては書籍等を購入して第一人者の発する情報をインプットしてきた。それこそ、経理、投資から催眠術に至るまでバラエティに富んでいる。インプットした情報同士が結合されオリジナルな判断基準(フィルター)が生まれアップデートされていく。全く異なるジャンルの情報であるにもかかわらず結合されるのは不思議なことだ。

 

判断基準がアップデートされることとなるインプット情報が「確信」を伴っているかどうかは重要だ。「確信」に至っている情報は優先順位が高くなるからであり、また、「確信」に至っている情報が多いほど早く、確からしい決断が可能なのだと思う。

上記のとおり、私は「確信」の1歩手前で興味がなくなり、他に目移りしてしまう癖がある。枝葉の部分がぼんやりとしたフィルターでは自信をもって判断を下せないという弊害を体感し、情けなく思う事がある。

やはり、探究はQEDまでキッチリとやらなければ勿体ない。

 

余談になるが、投資においてはこの「確信」を持てているか否かが大きく影響していると思う。業界ではメンタルと表現されることが多いが、そのメンタルに影響を与えているのは、判断基準であり、確信の有無であるからだ。

FXにいたっては勝っている人が5%ほどしかいないというデータもある。普通に考えれば、そこまで勝てないことは無いはずだ。同じツールを使って取引をして勝敗に差が出ることを相場観という掴みどころのないスキルに押し付けているが、相場観は長年のインプットで形成された判断基準や確信に他ならない。

結局、自分で努力しないといけないということだ。

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